
オーディオ界の「終着点」
バイノーラル作品のクレジット(制作詳細)で、必ずと言っていいほど崇められる名前がある。ドイツの老舗、ノイマン社の「KU100」だ。
見た目は、髪のない滑らかな人間の頭部。だがその価格は、100万円を優に超える。なぜ、たかが「生首型のマイク」に、中古車が買えるほどの価値がつくのか。そこには、音響工学が到達した一つの「聖域」がある。
耳介(じかい)という名の精密なフィルター
KU100の真価は、その「耳の形」にある。
人間が音の方向を認識できるのは、耳の複雑な凹凸(耳介)で音が乱反射し、脳がその変化を解析しているからだ。KU100はこの構造を極限まで精密に再現している。
安いマイクでは「なんとなく右から聞こえる」程度だが、KU100で録られた音は、耳元数ミリの「湿り気」や、後頭部を通り抜ける「気配」までを、恐ろしいほどの解像度で描き出す。このマイクの前に立つことは、文字通り「誰かの耳」を借りることに他ならない。
機材がもたらす「実在感」の暴力
100万円の対価は、単なる音質ではない。そこに「人がいる」という、脳が抗えないほどの実在感だ。
だが、どれほど優れた機材でも、最後は「受け取る側の脳」の計算が鍵を握る。次は、音が脳に届くまでの不思議な方程式、「HRTF(頭部伝達関数)」の深淵を覗いてみよう。

