
蝋人形の耳が捉えた「真実の音」
前回紹介した「テアトロフォン」の感動から半世紀。1933年、アメリカ・シカゴ万博のベル研究所ブースに、それは現れた。
その名は「オスカー(Oscar)」。
人間の頭部を模した、不気味なほどリアルな蝋人形。左右の耳の穴にはマイクが埋め込まれ、その異様な姿は来場者の目を引いた。だが、真の衝撃は彼が捉えた「音」にあった。
オスカー君の耳が捉えた音をヘッドホンで聴いた人々は、驚愕した。
「ガラス瓶が割れる音が、まさに自分の目の前で起きたかのように聞こえる」
「後ろから囁かれたとき、思わず振り返ってしまった」
脳を騙す「物理的な条件」の再現
これこそが、現代のバイノーラル録音の直接の先祖である。
人間が音の方向や距離を感じるのは、左右の耳に届く音の「時間差」と「音量差」、そして「頭部や耳介(耳の形)による音の変化」を脳が計算しているからだ。オスカー君は、その物理的な条件を世界で初めて完全に再現したのだ。
結び:時代の波に消えた発明
しかし、この偉大な発明も、時代の波に飲まれ、一度は表舞台から姿を消すことになる。
次は、なぜバイノーラルが「影の技術」となったのか、ステレオとの敗北の歴史を紐解こう。

